『何者』 演技をすること。偽ること。

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『何者』 演技をすること。偽ること。

映画『何者』を見ました。映画を見た感想を書いてみたいと思います。

「朝井リョウ原作」と「米津玄師と中田ヤスタカによる主題歌」が話題だった映画『何者』。結論から言うと自分はかなり楽しめました。

『何者』就活から見える虚飾と着飾りの関係性

朝井リョウさんの原作を読んでいたので、話自体は見知ったものだったのですが、映画のアレンジがかなり工夫されていて映画としてもかなり楽しめる内容となっていました。

朝井リョウさんの原作は、一言で言えば「就活という舞台から見える、それぞれの人間の嘘と虚飾が暴かれていく話」というふうに私は読みました。一番虚飾と嘘にまみれていたのは誰だったのか。

ストーリー自体のある大きな仕掛けがラストに大きくはまって読者を驚愕させるのですが、本作ではその衝撃はサラッと流されていて、だからこそじわりと胸に迫る。そんなおしゃれな演出になっています。

朝井リョウさん原作といえば『桐島、部活やめるってよ』という名作映画も忘れてはいけません。『桐島、部活やめるってよ』は本格的にスクールカーストを扱ったはじめての日本映画なんじゃないの?って思ってます。洋画ではブレックファーストクラブという名作があります。

映画『何者』でも、「演技」と「演じる」という題材がかなり大きく演出効果として使われていて、人生そのものを演劇に例えるような映像的仕掛けも施されています。

主人公である拓人(佐藤健)は演劇サークルに所属していたということも、今作の大きな要素としてあります。



誰もが『何者』かになりたがる

この映画のすごいところは、登場人物六人のそれぞれの誰かには必ず共感できるところ。

それが、観客の心の中の汚い部分であったり、自分では直視したくないような部分を抉ってくるような共感なのです。目をつぶっていた観客一人ひとりの中にある汚いものを、六人の目を通じて強制的にえぐり出される点がすごいです。

たとえば二宮拓人の人を見下して、自分は観測者ぶっていることで傷つきたくない自分を必死に守る姿や、田名部瑞月のかわいそうな自分を可愛がり、悲劇のヒロインぶってるけど肝心なところはしっかり自分の中で直視しないように守っているところとか。

傷つきたくないという一心ですべての登場人物が何らか自分を偽っている。

登場人物の誰もが何者かになりたいともがきながら、必死で現実と戦っている。でも、どこかで自分を偽っている。自分の感情を。自分の本当の姿を。それが就活という舞台に立たされて、露わになっていくさまが滑稽でもあり、でも観客は誰かに感情移入し、自分を見ているような感覚に陥るのです。

だからこそ。見ていて痛い!

 『何者』かになるために、自分をさらけ出せ。

それは就活という舞台でも人生という舞台でも同じだ

この映画では「烏丸銀次のいる表現の世界」と「就活のある現実社会」という2つが対照的に描かれていて、ギンジの生きる芸術と表現の世界を社会に出ようとする拓人は馬鹿にしながらもそれは憧れの裏返しという複雑な心境で眺めています。

すべてはSNSを通じて。そして2つの世界は交わることがなく、結局大人になるにはどちらかを選ばなければいけないと観客に思わせているのが中盤までの映画の構造となっています

そこまでの布石があるので、ラストで映画的に2つの世界が結実し、どちらも同じなんだ。かっこ悪くてもださくても意味わかんなくてもいいから、とにかく自分を出さなければ始まらない。という映画内のメッセージが強烈に観客の心にぶっ刺さります。

烏丸銀次が「一見すると滑稽で、何をやっているのかわからない」舞台をそれでも毎月必ず公演すると決めて公演しています。それは人から見たら笑われるような、評価1しかつけられないようなものでも「外に出す」ことでしかそれは磨かれていかないことを烏丸銀次は知っているからのようにも見えます。

し、不安定な表現の世界に入って何かを常にアウトプットすることで、毎日の不安を覆い隠すようにもがいている姿のようでもあります。

二宮拓人はTwitterの裏垢で、ひっそりと自分の分析に酔いしれながら、そんな「一見すると滑稽な人々」に対して、観測者の目線でひねくれた視線を送ります。そして自分はそれら「滑稽でダセーやつら」とは違うと言わんばかりに、一歩引いた目線で観測結果をつぶやいていくのです。

「観測結果=つぶやき」をまるでつぶやきひとつひとつが芸術かのように大事にしている姿が実は一番滑稽でださいという大きな裏返しがラストには拓人に突き刺さるのです。

滑稽でださくてかっこ悪くても、

出している側=評価にさらされる芸術表現側

となるのか。

傷つく恐怖に負けて

観測者ぶって分析しながら自分を偽って隠す側=自己満足の芸術表現側。

となるのか。

この対比は映画全体の構図にも最後に交差していきます。

「何者」かになるために

拓人が自分で銀次に放つセリフに「頭の中にあるうちはなんだって傑作なんだよ」というフレーズがあります。それは最後の最後で拓人自身に巨大なブーメランとして何度も刺さり続ける呪いの言葉でもありました。

映画の中では演技と偽りの対比構造が何度も出てきます。

「演技は偽るということではない」のかもしれません。二宮拓人がやっているのが自分の中のほんとうの気持ちや葛藤などを偽る行為。烏丸銀次のやっていることは演劇の世界でそのときの自分の中の本当の全力を出し切る行為です。

なぜ拓人は就活でうまくいかないのか。

それは就活とは自分を偽る行為にほかならず、それは演技がうまくできることとほとんど変わらない。

しかし、

演技とは自分を偽っているものにはうまくできない行為

なんですね。

だから拓人は面接でうまく演技ができないのです。普段から誰よりも自分を偽っていたのは彼だから。

最後まで自分を偽って、繕って、傷を作らないように、傷つけられないようにやりすごして、自分の中から本当に出したことがない拓人は演技すらぎこちなくなってしまった。

この映画は人生も演劇のうちだと、ラストの演出が訴えます。演劇の延長、演技の延長が人生だとしても、今自分の中にあるものを全力で出しきらないとなにか新しいものは入ってこない。だから偽る行為と演技するということは同じようで違うのだと畳み掛けます。

ラストの拓人の飾らない一分間スピーチの最後のセリフ

「一分じゃ短すぎます。」

印象に残る名シーンですよね。この映画のハイライトです。

いろんな境遇にいる人が各々共感できる内容で、最後は清々しい気持ちになれる素晴らしい映画です。

本当に元気が出るいい映画。おすすめです。

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