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『LOOP/ループ -時に囚われた男-』ハンガリー発!異色のタイムループ

この映画の大胆な設定は「同じ世界に複数の人間が同時に存在できる」という点です。普通、ループものって、一回主人公が死んだらその場でリセット→ループ開始。という設定が一番メジャーなように思います。例えば『オール・ユー・ニード・イズ・キル』では、死んだら必ず同じ日の同じ時間の自分の中に意識が戻ってきていましたね。死んだらそこでまた生き返ったり、全く別のパラレルワールドの自分の意識に飛んでいくなどということは起こりません。
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『何者』 演技をすること。偽ること。

傷つきたくないという一心ですべての登場人物が何らか自分を偽っている。登場人物の誰もが何者かになりたいともがきながら、必死で現実と戦っている。でも、どこかで自分を偽っている。自分の感情を。自分の本当の姿を。それが就活という舞台に立たされて、露わになっていくさまが滑稽でもあり、でも観客は誰かに感情移入し、自分を見ているような感覚に陥るのです。だからこそ。見ていて痛い!
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『モヒカン故郷に帰る』これぞ沖田修一ワールド

「作品世界にどっぷりはまる」ことができれば面白く見られる作品だと思います。逆に世界観が合わない人にとっては退屈なギャグ映画と捉えられて終わりかもしれません。沖田修一ワールドと表現されることが多いのは、それだけ変わった映画を撮る監督だからでしょう(褒め言葉)。基本ゆるい登場人物、テキトーな人間やいい加減な言動が連発することで作品世界に独特のゆるーい雰囲気を付け足し続けていくような、延長しようと思えばこのまま4時間コースの映画にもできる雰囲気のある映画が多いです。つまり、沖田修一監督の映画では、終わりも始まりものんびりとはじまり、ぼんやりと終わる。それでいてなにか心に残ったり、セリフをふと思い出したり。そんな映画体験ができるので好きです。あまり他所では見ないような映画ですよね。作家性としてはかなりのアドバンテージかと。
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『22年目の告白-私が殺人犯です-』二転三転の小気味よさ

脚本が良く出来てると思いました。実はこの作品は韓国映画のリメイクなのですが、日本でのリメイクにあたり、大幅なアレンジと映画としてのテイストの変更を行っているようです。本作は2012年公開の韓国映画『殺人の告白』のリメイクです。『殺人の告白』の方は未見なのですが、予告を見る限りだと本作のような社会派サスペンスと言うよりもどちらかというとアクションとバイオレンス系の映画となっているようです。日本でリメイクするに当たり社会派サスペンスにテイストのアレンジがあったようです。また、日本の法律制度の改正(時効の撤廃)の観点からシナリオと結末も多少変化しているようです。日本の法制度の改正で、時効がなくなったこと。
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『セイフヘイヴン』物語の文法を破壊する衝撃ラスト

『きみに読む物語』などのニコラス・スパークスの小説が原作です。監督は『ギルバート・グレイプ』や『サイダーハウス・ルール』などのラッセ・ハルストレム監督。 小さな港町にやってきた傷ついた女性が、同じく最愛の妻をガンで亡くし傷ついた男性と恋に落ちるのですが、実はその女性は逃亡中のみであることがわかり・・・というお話。この映画は軽くサスペンスの要素が入っていたので、最後までしっかりと見ることができました。ですが、やっぱり少々テンポが遅いのが気になります。 男女が出会って、お互い気になる関係でありつつ、一歩が踏み出せないもどかしさから、関係が進展して、恋の駆け引きが始まり、からのふたりは恋に落ちる。という恋愛初期の
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『ノー・エスケープ 自由への国境』 マンハントin砂漠!

マンハント。人間狩りというジャンルは昔からあります。今作もその一つ。ひたすら文明の利器(ライフル)を持った頭のおかしい人間に為す術なく何も持たざる人が狩られていく。という話です。なんで反撃しないんだよ!!という見ている側のフラストレーションもありそうですが、今作では感じることはありませんでした。だんだんと人が減っていくのはスリラー映画やスプラッター映画ではおなじみの光景ですね。余計な枝葉の描写は削ぎ落として、シンプルなシナリオにしたことで短い尺で飽きさせない小粒ながら面白い映画になっています。たぶんそんなに制作費もかかってないと思います。
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『ミッドナイト・イン・パリ』昔のパリもきっとこんな感じ

もしもこの偉人たちと食事できたら。すこしでも話ができたら。そんな夢や希望を叶えてくれる映画です。ゼルダ・フィッツジェラルドとスコット・フィッツジェラルドの関係性なんて、「こんな感じだったんだろうなあ」をもろにやってくれています。清々しいくらいに「きっとこんな感じだった偉人たち」が大勢出てきて、知ってる偉人が出てくるたびに「おおっ」と謎の興奮があります。
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『マンチェスター・バイ・ザ・シー』贖罪のための自傷は誰かを救うことになるか

そりゃそうなるわ。と思うには十分すぎるほどの痛ましい過去を知ることになります。ですが、私はそれでもこの男は自分を罰しすぎているという憤りを感じずにはいられませんでした。この男の塞ぎ具合がどうにも見ていて痛々しいのです。リー・チャンドラーは人とのコミュニケーションを一切断ってしまっている。その理由は映画の中盤に明らかになります。ここではネタバレになりますので控えますが、こんな経験があれば、誰だってふさぎ込むというような経験です。そして、さらにリー・チャンドラーを苦しめるのが、誰も俺を罰してくれないということなのです。ならば自分で自分を罰するしかないという意識のもと、彼は自分で自分を罰し続けている男なのです。
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『ゲット・アウト』あなたも私もこれに囚われている

白人と黒人のアメリカ社会におけるどうしても埋められない溝がテーマです。逆差別。被差別へのアンチテーゼ。アメリカでは黒人は道を歩いているだけで逮捕されてしまう。それが普通。本作でも別に運転していたわけじゃないのに免許証を確認させられたりしています。「黒人というだけでなんでこんなに差別されなきゃいけないんだ」そんな黒人の自らの不遇さ、アドバンテージを持つ側としての側面がラストで逆転する。そんな映画です。
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『レディ・プレイヤー1』おれはガンダムでいく

初っ端から主人公が乗っている車は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンだし、ヒロインの乗るバイクは『AKIRA』の金田バイクです。『マッドマックス』シリーズのV8インターセプターも出ていました。『フェリスはある朝突然に』や『ブレックファーストクラブ』のジョン・ヒューズ監督の作品のうんちくなどもサラッと語られたりして、誰がこのネタわかるの?というマニアックなものもあったりでオマージュ探しだけで相当楽しいです。
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